『キングスマン ゴールデン・サークル』麻薬、ダメ。絶対。

ミサイルの雨が降りキングスマンが壊滅した。
生き残ったのは僅か二人。
復活の兆しはステイツマン、二人はアメリカへ向かう。

基礎情報

原題:Kingsman:The Golden Circle
2018 アメリカ 20thFOX 141分
監督:マシュー・ヴォーン
主演:タロン・エガートンコリン・ファース
字幕翻訳:松崎広幸
キャッチコピー:秒でアガる。

総合レビュー(ネタバレなし)

秒でアガります。
誇張など無く。
秒で天井を突き破って一気に現実から映画まで意識が飛んで行きます。

残念なのはそこを一つのピークにあとは緩やかに下降していくということ。
中盤からも見所は多々有り、終わってから後悔するような映画でないことは間違いない。
しかし前作に比べ多くの場所で粗が目立って思いの外入りこめないのも事実。
その理由にキャラクターへの不信感が第一、次にキャラの扱いの雑さ、そして前作のオマージュが入りすぎているという意味で唯一性がないことが挙げられる。

あれだけ見たいものを見せてくれていた前作から打って変わってどうしても前作の焼き増し感が拭えない今作。
軽快で格好良いアクションや魅力的なスパイアイテムは健在なだけに、物語とキャラの不快感が残念でならないが既にさらなる続編に向けて動きが出始めているらしい。
この際今作の不快感は忘れて次作に期待していこうと思う。


この先ネタバレを含みます

キングスマンゴールデンサークルをみて

前作のキングスマンをみていれば尚のこと、この作品に求めるものは

スタイリッシュなアクション
突拍子もないスパイアイテム
魅力的なキャラクター
小気味の良いネタ
スーツと眼鏡

おおよそこういう部分だった。

今作では残念ながらアクションとアイテムとスーツと眼鏡。いや、スーツと眼鏡は必然とするならアメリカンのステイツマンを見るに、新たなスーツと眼鏡はほとんど無かったと言っても良いかもしれない。
やっていること大筋は前作と変わらないのでアクションさえ残っていれば”みたいもの”だったとしても良いかもしれないが、これは流石に駄目でしょうというのが本音だ。

どうしたキャラクター

今作がこちらをどうしようもなく残念な気分にさせてくる最大の原因は間違いなくキャラクターへの不信感にある。
前作であれだけの魅力を誇ったエグジーにしろハリーにしろマーリンにしろ、扱いがとても雑で本人たちにもどっしりと構えた不動の信頼感が無い。
どうして彼らはこう動くのか、なぜこの行動は必要だったのか。
そういったことに説得力が欠けていて映画をみていても入り込むことが難しい。

まず、予告にもあるように序盤でミサイルの襲撃を受けキングスマンのあらゆる施設が破壊される。
それに巻き込まれる形であらゆるキングスマンのメンバーも死ぬことになるが、ここであろうことか前作負けヒロインのランスロットことロキシーも吹き飛ばされてしまう。
艱難辛苦をともにしたJ.B.ともさよならだ。ついでにJ.B.の世話をしてくれた親友のブライアンにも別れを告げよう。

その後ロキシーは一切登場しない。明確に死亡が確認されたわけではないので密かに再登場を待っていたというのにこの仕打ちはあんまりではないか。
それでいて前作の王女はエグジーとの交際をしているためメインヒロインの位置に居るが、実質的に今作はヒロイン不在である。
両足が剣で出来たかっこ可愛い悪役の女の子も、片腕を失った元キングスマン候補生の現チンピラが代わりでは味気ない。

どうしたステイツマン

キングスマンが壊滅したため登場するアメリカのステイツマン。
彼らにも少々問題がある。

初登場でエグジーとマーリンを同時に相手しながら圧倒的に勝利したチャニング・テイタム演じるバーボン。
今後活躍をみせてくれるのかと思いきや、その実半分以上冷凍保存されているだけだ。

裏方として組織を支えるハル・ベリー演じるジンジャー。
裏方かくあるべしといった風で一切の活躍がない。一切だ。
淡々と裏方の業務をこなしている。こんな美人を腐らせて勿体無いことこの上ない。
最終的には現場に出るエージェントとして抜擢されるので、今後制作される可能性があるらしいキングスマンのスピンオフに活躍の場所があることを切に願う。

そして今作で特別に問題の人物こそペドロ・パスカルが演じたウイスキーだ。
ステイツマンの中では唯一エグジーたちに同行してくれてビーム投げ縄なる秘密兵器を駆使して敵をバッタバッタとなぎ倒すアクション枠でもある。
見た目もなかなかダンディで仲間としてかなりの好印象キャラクターだと思う。
ところが彼は裏切り者(敵側についているわけではない)で、ゴールデンサークルを倒した直後に登場する裏ボスになっている。

良い、それは良い。

問題は彼が裏切る背景とその結果にある。
今作の事の起こりはポピー率いるゴールデンサークルさんの薬物テロで、取り扱っている商品である麻薬にちょっとしたウイルスを盛ることで人質を取り、解放の見返りに法的責任を追求しないことと麻薬を合法として商売がしたいというところで、ポピー自身有名になりたいとも言っていた。
ウイスキーはかつて恋人が居たが薬物常習者に襲われ恋人を失っており、薬物と薬物に関わる人々を強く憎んでいた。
今回の出来事は薬物常習者も含め忌まわしいものを一掃する絶好の機会ということで、人質解放に奔走するキングスマンたちと敵対することになるのである。

違和感が残るのは結果的に彼が敗北しミンチになること。
薬物を使用するというのは勿論法を犯すことで簡単に許されるものではないし、償いを行なう必要もあるだろう。
しかしそれと人間を殺処分するということは別ものとして考える必要もある。
映画として結末は必須故にウイスキーは敗北するが、そこに必然性はない。

放り出されたガラスのテーマ

さらに問題なのはウイスキーは失った恋人のために裏切り、対するエグジーは彼女となった王女が死に至る麻薬を使用してしまったから戦うという点だ。
果たしてエグジーは彼女が麻薬を使用していなかったらウイスキーをミンチにしただろうか。
前作で示された通りキングスマンという組織は国という単位に縛られない正義執行集団であるから、大方の正義として麻薬中毒者の処分よりも人命を救うという方向に動いたのは間違いないと思う。

彼をミンチにするということはある一方では麻薬使用者を認めるということになり得る。
王女はただ毒を盛られたわけではなく自らの意思で麻薬という犯罪に手を出したのだ。
愛する彼女であるからこそエグジーが救おうとしているのは分かる。
しかし観客としては麻薬に関わる問題について明確に答えを出すことは簡単ではないので、ウイスキーにしろエグジーにしろどちらが勝ってもすっきりしない。

この薬物問題に関して作品中の大統領も「麻薬中毒者などという犯罪者はここで一掃する、ついでに麻薬売ってる組織も壊滅させる」といった風に述べている。
薬物患者も人間である以上人権があり、簡単に切って捨てられるようなものではない。
それを理解した上でも大統領の意見はこれはこれで正論であり正義なのだ。

前作で「平民だろうが貴族だろうが人は人、生まれのみで評価されない」というのが一つのテーマであり、上を論じた大統領が最後に逮捕されたり、大統領の側近が薬物使用者というのはキングスマンのテーマに矛盾しないものかもしれない。
ただ、生まれは本人の意志や努力に関わらないため差別される謂われは無いが、薬物に関してはいくらか本人次第の面が出てくる。
ここまで行くと本当に思考の泥沼である。少なくともキングスマンで考えるべきテーマではないはずだ。

前作でも地球に住まう人類という寄生虫を駆除するという、実際に人類が直面していて弛まず考えるべき問題が取り扱われているが今作ほど泥沼化はしない。
何故ならその手段が荒唐無稽だからだ。
真面目に取り組む問題であるものの、映画内で取られた手段は人類にSIMカードを配布してそこから発せられる暴走音波で殺し合いをしてもらうという突拍子もないもの。
このお陰でフィクションはあくまでフィクションという区分けが明確になり純粋に正義と悪、アクションとコメディを楽しむことが出来たのだ。

日々新しい薬物が生まれる現代において今作に近いことは起こってもおかしくないものだし、ウイスキーのように麻薬中毒者によって愛する何かを失うことになった人々は実際に大勢いるはずだ。
麻薬でなくたって飲酒運転死亡事故のニュースは止む事がない。
現実からかけ離れることで多くの魅力を生み出したキングスマンだったが今作では現実に近づいたためにコメディは滑り、悪ふざけはただの下品になってしまっている。

どうしたキングスマン

ステイツマンに負けず劣らずキングスマンの面子も酷いものである。
ロキシーが瞬殺されたことは上で書いたが、雑な扱いは他の仲間にも適用される。

筆頭はやはりマーク・ストロングのマーリンだろう。
始めのミサイルを運良く逃れはしたが雑な扱いからは逃れられなかったようで、終盤ゴールデンサークルとの決戦を前にして地雷の餌食になってしまう。
ここの何がお粗末かと言えば、彼らは敵陣に乗り込む際にステイツマンの装備から地雷を発見する装置を借り受けていて、使っているにも関わらずにエグジーが踏んでしまうこと。
そしてマーリンが身代わりとなることでエグジーとハリーは歩を進めるが、その時には地雷探知機を使っていないこと、だ。

地雷を踏んでしまったエグジーの代わりにマーリンが踏むというのはまだ分かる。
簡易的に凍結させることで足を離しても一瞬は起爆をしないということで代わりの重しとして長年現場から遠のいてきたマーリンが踏むというのはぎりぎり納得できる。
しかしてその後地雷を探知せずにスタスタ歩いていくのはマーリンの気持ちを踏みにじってはいないか。
そしてマーリンは周りの木々をなぎ倒して姿を現し、愛する歌手ジョン・デンバーのカントリー・ロードを熱唱して警備の人間を何人も巻き込みつつ自爆するのだが、本当に謎の映像だった。

警備員は何故突如現れた歌うだけの謎の人物に全員で近寄っていくのか。
一切の説得力が無いのでせっかくの熱唱も大いに滑り倒している。
そのシーン以前に弁護士が地雷原を抜けて訪ねてきていて、実際この時も警備員は「また弁護士のような人物がきてます」という発言をしているのだからこれを使って欲しかった。
即ち、
警「弁護士ですか?」
マ「はい」
警「こちらへどうぞ」
マ「そんなことより俺の歌をきけー」
である。
突如歌いだす弁護士を取り抑えようと寄ってきた警備員と共に爆発してくれた方がまだ説得力があった。

エグジーもエグジーで行動の一貫性がなくなっていて作り手の操り人形になっている。
ゴールデンサークルから麻薬に仕込まれた毒の解毒薬を奪取するためにある女性に発信機を取り付けに行くシーンがある。
その発信機は身体のどこかしら粘膜部分に押し付けることで体内に侵入しその役目を果たす装置らしいが、エグジーはあろうことか対象の女性の局部に取り付けてしまう。

映像的にも下品だったが不満なのはエグジーの選択。
彼は最初局部に取り付けるという発想を持っておらず鼻の穴が第一候補だった。
愛する王女がいるため任務でも女性を抱くということに少なからず抵抗を持っていた彼なのだから、彼女との電話で少々迷いつつもターゲットに金の輪の刺青を見て意を決した瞬間に取るべき行動は間違いなくターゲットを押さえつけて鼻の穴に指を突っ込むことだった。
「実は鼻の穴フェチでね」とか言っておけばその場のギャグで全て収まったものを、わざわざ映像を最大ズームに切り替えてまで局部に指を入れるシーンを作る必要があったのか。
そのまま実際に夜を共にしてしまえば任務としては一貫性が取れていて悪くなかったかもしれないが、エグジーは彼女がいるからと行為をやめてしまう。
ただただ作り手が女性の局部やその内部の映像を作りたいがために作られた下品に過ぎるシーンはあまりに不愉快だ。

そんな中にあってもキングスマン中最も不満の向かうのはハリーだ。
前作の彼は最高の紳士かつ最強の戦士というような絶対の信頼感があった。
そうであればこそ彼の説教や言葉には重みがあるし、例え何を考えているか分からない場面があったとしても安心していられるたのだ。

今作はまず前作の死亡を取り消すために記憶喪失から出発し、リハビリ中ということで身体能力は落ち、大好きな蝶の幻が見えるなど全体的に弱弱しくなっている。
であるからには前作に比べハリーに対する信頼感が薄れており、かなり繊細な扱いが求められるキャラクターになっていると言える。
この彼が物語中盤で唐突に共闘していたはずのウイスキーを撃ち殺すのだ。

映像としては前作でハリーがヴァレンタインに脳天を撃ち抜かれたオマージュだったのかもしれない、この場面に限らず今作ではセリフにしても前作のオマージュが多すぎる。

もしも前作までの彼だったならここでウイスキーを撃ち殺しても何か考えがあるはずだという納得の仕方が出来たかも知れない。
事実現場に居たエグジーはハリーが撃ち殺したことを報告しなかったので、そこには彼らの信頼関係があったに違いない。
しかし観客としてはそこにハリーの一言、根拠がほしかったわけで。
それでもまあそれはラストに取って置いたのかもしれないと無理に納得を試みた。

ステイツマンの基地に帰ってきたエグジーとハリーに対してマーリンが事情を聞くと、ハリーは臆面も無く「私が意思を持って撃ち殺した」と白状する。
ここで説明されるのか?と思いきやここでもやはり説明はない。
本当に残念なのは途中で説明をしないことでラストへの期待を持たせたにも関わらず、やっぱり一切の説明がなかったことだ。

これはこちらが裏切り者を特定した論理に対する快楽を得られないばかりか、ハリーをただの危ない人物に下げてしまっている。
こうなってしまってはゴールデンサークル潜入以降のエグジーハリーコンビのスタイリッシュバトルアクションに対しても全力で熱狂することができない。

全体として

全体として今作はどちらかといえば駄作の部類に入るように思う。
前作を超えた超えないの話はどうでも良いが単純に不快な要素が目に付きすぎるのだ。
バトルアクションと同じだけキャラクターの魅力で成り立っていた作品からキャラの魅力を消して物語も手抜き感があっては面白いとは言いたくない。
よく考えればウイスキー裏切りの根拠をハリーが示さない以上、雪山の基地へ解毒剤を取りに行ったシーンは丸ごと不要だし、バーボンも存在理由が無かった。

他にも麻薬に関する性善、性悪説の問題や最後のエグジーvsチャーリーの片腕対決など、監督が意図したかは不明だが人権問題や差別意識など現実的にすっきりしない問題が見え隠れしてしまっているのも娯楽映画としては大きなマイナスになる。
特にエグジーの「紳士だからフェアに片腕で戦おう」発言は嫌味にしか聞こえなかった。
チャーリーに止めを刺す場面でも色々言っていたが、キングスマンに関わりが無いとはいえ親友の分を忘れるのもどうかとも思う。

前作のオマージュとなっている部分も胸焼けがするほど差し込んでくるため、どうしても続編というよりは前作の焼き増しだと感じてしまう。
それでもアクションに関しては前作に引けを取らずウイスキーのビーム投げ縄は格好良い。
さらなる続編やスピンオフの可能性もあるらしいので、アクションの質が下がらない限りは公開する度に観に行くつもりだ。

ただその時には強くて格好良い女性陣も是非出してきてもらいたい。
前作のガゼルは最高だったし今作のジンジャーもハル・ベリーを腐らせてはいけない。
この際ロキシーがサイボーグとして復活してきても拍手を送るだろう。

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