『 オリエント急行殺人事件2017 』 名探偵ポアロの敗北

「この世には善と悪しかない。中間はない。」そう言うのはポアロ。
乗り込んだ列車内である乗客に警護の依頼をされるが後ろ暗い相手のためこれを拒否。
ところがその乗客が殺されてしまう。残された12人の乗客たち、容疑者は彼ら全員。

基礎情報

原題:Murder on the Orient Express
2017年 アメリカ 20thFOX 114分
監督:ケネス・ブラナー
主演:ケネス・ブラナー
字幕翻訳:松浦美奈
キャッチコピー:この列車には、名優たちが必要だった。

総合レビュー(ネタバレなし)

ミステリー界の伝説と化したアガサ・クリスティの代表シリーズ中の代表作。
名探偵エルキュール・ポアロが乗った列車内で殺人が起こるというクローズドサークル物。
1974年版のリメイクということでその映像美はやはり比較にならない。
旧作に比べ尋問や推理といったシーンよりもアクション寄りのシーンが多く、良い映像がとれるのだからとはりきっているように感じられる。
そのため旧作のような推理物を期待していると少しがっかりするかもしれない。

キャッチコピー通りベテランから新進気鋭まで俳優は豪華どころが揃っていて、ストーリーの大枠も特別外したものになっているわけではないのでオリエント急行殺人事件の体裁は整っているものの、新鮮さは薄いように思う。

この先ネタバレを含みます

オリエント急行殺人事件2017をみて

旧作の字幕翻訳では「ポワロ」となっていたと思いますが、予告編含め今作では「ポアロ」表記だったため「ポアロ」で書いていきます。

名作中の名作ではあるものの、既に過去にポアロシリーズで映画も複数本あり、ミステリーという性質の中で世界的に有名なこの作品を今更どういったつもりで映画化したのか。そこにはきっと大きなネタが仕込まれているに違いない。
こういった期待感を膨らませ劇場へと足を運んだ。結果としてはその期待は外されてしまうことになる。

二つのエンディングとは?

映画をみに行く前に宣伝として二つのエンディングがあるという話を聞いていた。その時点でも何を言っているのかよく理解しないまま映画をみに行ってしまったが、やはり良く分からなかった。
おそらくオリエント急行としての皆が知っている結末に加えて、この映画独自の解釈から生まれる新しいエンディングが用意されているという意味なのだろうと思っていたが、映画が終わっても二つのエンディングに震えるということにはならなかった。

ポアロという人物

今作で推理以外に気になったのがポアロの人柄だ。
旧作では掴み所が無く偏屈かつ紳士という正に変人といった風だったが、今作ではむしろただのナルシストである。
今作のポアロはどうも感情の起伏が激しいような雰囲気が有り、どこか他人を見下しているようなキャラクターだった。
旧作の映画をいくつかみているだけなので原作からしてこういうキャラだったと言われれば終わりだが、それでも旧作映画のポアロは情報を引き出すために厳しい態度や言葉を使いつつも、他人に対する紳士的な敬意を忘れなかったはずだ。
それが今作ではどうしようもなく上辺のものに感じてしまう。「私は人を決して信じない」という旨のやり取りも感情移入を余計に邪魔してしまう。
事件解決に乗り出す際も、人種問題を引き合いに出されたために引き受けただけで、旧作に比べ自発性は薄い。
そんな状態では直後の「殺人だけは駄目だ、何があっても」というような言葉もこちらには届いてこない。
最後に犯人を特定して銃を渡すシーンにしてもそうだ、自らを神と同格としたうえで銃を渡し「私を殺すか逮捕されるか選べ」と人を試している。この点も旧ポアロとは違う。
旧作では最終的な判断こそ現場であるオリエント急行責任者の友人に託すものの、導いた二つの推理の内どちらを選択するかの決定は自らの中で下されている。
新作を作るのだから原作や旧作をなぞるだけでは面白くないというのは勿論で、そこの手の加え方こそがリメイクで試される部分であるわけだが、ポアロというキャラクターに関しては旧作との相違点がことごとく失敗しているように感じる。

不愉快な登場人物

その他人物の設定についても旧作との相違点がある。勿論それは構わないが明らかに不愉快な変更がある。
それはラチェットとアンドレニ伯爵についてだ。
今回ジョニー・デップが演じるラチェットは、本名をカセッティと言いオリエント急行殺人事件の被害者であり、また過去のアームストロング事件の加害者でもある。何が変更されたかというと主に彼の職業だ。旧作において彼はもう少し歳の行った人物で、引退したとはいえマフィアのボスを務めていた。
その中で暗い仕事をこなしてきており、実行犯を立て直接は手を出さなかったもののアームストロング家の事件についても主犯格である。
そういった巨大な黒い背景があるために例え雪の中で立ち往生している列車においても僅かながら外部犯の可能性を感じることができる。
その彼が今作ではただの詐欺師にまで落ちぶれてしまっている。様々な商品の贋作を本物と偽って売りさばいていて、贋作を掴まされた人々から怒りを買っているというのだ。
予告編ではギャングと書かれていたはずだが、大物然とした風格を感じることはできなかった。作中最大の悪として描かれる彼をどうしてこれほどに降格させる必要があったのか。
アームストロング事件についても贋作売りの詐欺師が行なう身代金目的の誘拐では受ける印象があまりにも小物だ。今作の彼は巨悪ではない。
次にセルゲイ・ポルーニン演じるアンドレニ伯爵だが、旧作の彼は伯爵の名に相応しく非常に紳士的で、外交官の有する権利においてポアロの尋問を避けることもできたが事件解決への協力として快くその権利を放棄してくれる。
それが今作では一体どうしたことか。
初登場のシーンから既に情緒不安定で、一緒に写真を撮ってくれないかと声をかけてきた人々を怒りのままに暴行する。
確かに礼を欠いた声のかけ方だったかも知れないが突然殴りつけることもないだろうに。
物語後半でも間接的に外交官特権を用いて事件解決に協力をせず、ポアロも無理やりに事情聴取をすることになる。
そして推理をするポアロを伯爵はまた殴りつけるのだ。最早伯爵に施された人物設定を理解することは困難である。

ポアロの推理力

探偵ものでこれほどの地位を確立している以上、その魅力は言うまでも無く謎と謎解きというミステリーとしての質だ。
ところが残念ながらこの映画では最大の魅力であるはずのポアロの推理に少しの不信が残る。
冒頭にちょっとした事件がありそれを解決するところからこの映画は始まるのだが、その時に語られる推理の決め手は壁の絵画に残る強引によじ登った靴の跡、だ。
それが決め手になることそのものは良いが、ポアロの前に警察が調べたはずにも関わらずその傷跡を発見できず手がかりゼロという結論で済ませていたり、モブキャラの「本当にあの傷跡だけで特定を?」というような質問に対し「私には何事も真実の姿が見える」という少々スピリチュアルな回答をしているから大変だ。
勿論「真実の姿が見える」という答えは明確な回答をはぐらかしているだけとも取れるのでそれだけなら良かったが、警察の件と合わせて出てくるため非常に怪しく思えてしまう。
この時点で少しだけ嫌な予感はしていたものの、それでもオリエント急行だという”ガワ”で打ち消していた。
その打ち消しが効かなくなってきたのはオリエント急行の事件にポアロが動き出し始めた時、やはり推理のタイミングだ。
このオリエント急行の最大のミステリーは紛れもなくその犯人像で、様々な証拠が残り、証言が入り乱れ、外部犯か内部犯かも混乱させられている中、過去の事件と乗客たちの関連が明らかになる。
個々の情報が意味を持ち始めた時怒涛の如く視界が開かれ全ての点が線になる、それだけの快感がこの作品にはあるのだ。

旧作では推理を行なうために、乗客一人一人に対して丁寧に尋問を重ね情報を集める。
さらにポアロの友人であるオリエント急行の責任者が尋問で情報を得る度に短絡的な推理を展開してくれるお陰で、観客とポアロとの思考の乖離を上手く埋め立て映画に入り込む手助けもしてくれている。
今回そのポジションにいたはずの友人には大した活躍の場は無い。

そういった作品上の多くの魅力を担うこの部分が今回の映画ではあまりに弱々しい。
一番の問題は乗客と過去の事件との関連性が明らかになる過程だ。
本来ここには強大な快感が仕掛けられているが、この映画ではポアロの持つその”強力”な推理力でたちまち明らかにされ、みている側としては些か置いてきぼり感を味わうことになる。
最も驚いたのは終盤についに犯人を特定するという段階になって尚明確な推理が展開されないまま、ある一人と二人きりで会話するシーンに入り、その相手に対して論理的かつ具体的な推理を展開せずに、「私はこう思いました まる」の様にして恫喝気味に犯人として扱った点だ。
今映画中では過去の事件について散々「まともな裁判は行なわれなかった」や、人種差別的な扱いや発言が表現されておりポアロはそれらに相対する立場であったはずなのに、終盤の見せ場でこれでは興奮しろと言う方が無理というものだ。
旧作でも今作と同じ相手に大声を張り上げるシーンがあるが、これは別の人物からその人物との関係に関する情報を引き出すための一種の誘導尋問で今作のような八つ当たりに見えるようなシーンではなかった。
その状況にあって、犯人扱いされた人物からは何故かそのまま認めるかのような「あいつは死んで良かった」発言が飛び出る。
ここからは展開が加速、犯人扱いされた人物を助けるため別の人物がポアロに発砲。
ちょっとした格闘戦に入るが例の友人の助けで相手を気絶させることに成功。
傷を負いながらも集めておいた乗客のもとに向かうポアロ、先ほど格闘し気絶させたはずの相手が既に待機していることには目を瞑りつつ、乗客たちに向かって導いた推理を披露し犯人の特定を行なうポアロ。
推理に対して乗客の言う「ポアロさんはやはり切れ者」という言葉がどこか薄ら寒い。
犯人が特定されるとポアロは銃を取り出し「私を殺せ」という、オリエント急行殺人事件は過去の凄惨な事件の復讐として殺人が行なわれる話だ、そのためポアロは情状酌量の余地と自らの善とする正義に挟まれ葛藤した結果、真実を話されたくなければ私を殺すしかないぞという脅迫をしたのである。
これは旧作には無いこの映画特有のシーンだ。今更のオリエント急行殺人事件なのだから本来ならここを最大の見せ場として持ってきているのだろう、しかしここに至るまでで既に心の離れてしまっている状態では余計なシーンでしかない。その後はオリエント急行殺人事件としての結末を向かえポアロが列車を降り次の目的地へ向かうところで幕が閉じる。

映画の雰囲気

原作や旧作を知らない人がこの映画をみたらどう思うだろうか。
映像は綺麗だし、旧作に比べ動きもあるため楽しむこと自体は容易かもしれないが、ミステリーを求めた場合は難しくなってくるかもしれない。
今作では根本的に推理が抜け落ちているし、どの視点で映画をみるか迷ったとき導き手になるべき人物がいないため迷子になる。作品の雰囲気が暗いのも良くない。
殺人事件の話なのだから底抜けに明るくても困るのだが今作はあまりに暗すぎる、そしてその正体は悲壮感だ。
旧作にははっきりと勝者が居た。
犯人は法で裁けなかった仇に復讐を果たし、ポアロ側は法律などの客観的指標ではなく自らの信念に基づく己の正義に従い犯人を見逃した。
全員がこの事件について前向きな解答を導き、過去を清算することで今後の人生へと踏み出して行くのだ。
今作ではこの前向きさをみる事ができない。
犯人は復讐を果たしたものの感情的に美談を叫び自殺したがるし、ポアロ自身についても犯人の扱いについて試す形で他人に任せてしまっていては彼の言うような信念や正義を感じるのは難しい。
その結果としてポアロは非常に疲れた表情で犯人逮捕を諦めることを告げ列車を降りる。
自分で決することから逃げ他人の決定によって望まぬことをしなくてはいけないこの状況は、紛れも無くポアロの敗北を意味する。
冒頭のセリフにあったようにポアロは世界を「善か悪か」というものさしで見ている。
今回の事件ではこのものさしが通用しなかったのだ。
この旧作との違いはもしかすると見せ場の一つだったのかもしれないが、既に作品に対する不信が募っているためただの暗い場面でしかない。
そもそもリメイク一作目でいきなり名探偵を敗北させるということの意図が分からなかった。
犯人側もポアロが前向きに見逃してくれなかったことで生きた心地がしないのだろう、列車の窓から暗い顔をしながらポアロを見つめている。
この作品でどうしてここまでの悲壮感を生み出すことができるのか、列車の向かう方向にある太陽が恐らく夕陽であることもなかなか皮肉の利いた自虐である。

全体として

冒頭は意外とコミカルに事件を解決してくれるので楽しめるが、オリエント急行に乗ってからはとにかく暗く今作のポアロを大好きになれなければ辛い時間が続く。
オリエント急行殺人事件の話を知らない人は抜け落ちた推理に混乱し、話を知っている人は登場人物に対する不信感からやはり楽しめないのではないかと思う。
犯人の動機についても釈然としない。オリエント急行殺人事件はアームストロング家の事件で深い悲しみを負った人々がカセッティに対する復讐という一つの大きな目的に対してそれぞれ個別のモチベーションを持って行動する。
ところが今作では一つの目的に一つのモチベーションという印象を受けてしまう。
それぞれが個人としても責任を負うことで演出されていた一体感が今作には無く、いわば縦の人間関係が構築されているため犯人側に少々無責任さを感じることになる。
「陪審員」という非常に重要なキーワードが意味を持たなかったのも残念だ。

良い点を挙げるならカメラワークは列車という舞台故に工夫されている気がした(それがストーリー上役に立ったかは別として)。
本編とは関係が無いが字幕翻訳が松浦美奈というのも字幕翻訳好きとしては嬉しい点だ。
さらに日本のキャッチコピーである「この列車には、名優たちが必要だった」はそれと分かる人にはくすりと来るネタになり、知らない人には役目通りに魅力を伝えることのできるとても素晴らしいものだ。
輪をかけて本編との関係が一切無いが予告編で使用された曲[Believer]も格好良い。
既に次作として別のポアロ作品の映画化が動いているようなので、今作は一旦忘れて次に期待を寄せておくのも良いかと思う。私としては旧作リメイクの流れに乗じてポアロシリーズから外れてでも、「そして誰もいなくなった」をホラー色強めで作ってもらえたら是が非でもみに行きたい。

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